コーヒー1杯分の幸せを作ろう

3児の育休ママが、コーヒー1杯分の時間やお金を作るために役に立ったものたちを、挫折や試行錯誤の経験を交えながら紹介します。

親から認められたい(ゴッホ)

どうしてもやる気が出ないことの一つに、金を稼ぐことがある。

銀行で法人営業をしていた頃、ノルマがあるので、取引先にとって必要のない金融商品を売りつけなくてはならなかった。当時は地方の営業店で中小企業を担当しており、「もっとお客さんにぴったりとはまるような金融商品があればいいのに」と思いつつも、本部がそんな商品を作ってくれるわけがないことは薄々分かっていた。会社のためにカスタマイズされた商品を作るには、それなりの規模のある会社で、見返りが多くないといけないからだ。名前を聞けば小学生でもわかる程の大企業を上司とともに担当して、その会社に見合った金融商品の管理で忙しいとぼやく同期に羨望の眼差しを向けていることを悟られないように尻目で見つつ、誰からも忘れ去られた土地の、出世コースから外れた店で、自分の将来にも、やっていることにもくすぶっていた。

大企業は銀行が「どうか取引をさせて下さい」と下手に出る立場なので、低金利で金を貸すだけでなく、だいたいが赤字取引である。赤字の補填は、中小企業へ手数料や利率の高い商品を売りつけて賄うのだった。ただ、人間とは怖いもので、その環境で5年も働いていると、慣れてきてしまう。退職する間際は、何の罪悪感もなしにホイホイと高額商品を売りつけるまでになっていた。こちらは「高いなぁ、本当はもっと安い値段で売っている会社もあるんだけどなぁ」と他の取引先を見て知っているのだが、お客さんにとってはどんな値段で売っているのか知りようがない。「とっても便利になりました、ありがとう」と何度か言われるうちに、「まあ対価としてお金をもらってるんだから、いいか」と思うに至ったのである。

ゴッホは、私とは正反対であった。「商売とは、組織化された窃盗である」と啖呵を切り、弟から斡旋してもらった仕事を辞めて、牧師の道を歩むことを決意する。ただ神学校に入るには成績が足りず、入学が叶わなかった。彼は頭と体が結びついている、典型的な人間である。人々を救いたいと言う心と、勉強をするという行動を、どうしても結びつけることができなかった。試験には受からないものの、狂信的とも言える献身的な活動は教会の目にとまり、特別に仮免許という形で牧師の活動を許される。この仮免許は、一刻も早く人々を救いたいと熱望していたゴッホにとって、悲願の代物であった。彼は爆発するかのようなエネルギーを布教活動に向けるようになる。当時、炭鉱では労働環境の劣悪さ問題になっていた。そこでは大人も子供も自らの健康と寿命を犠牲に、わずかなパンを食らって生きていた。ゴッホはそこで熱心に布教活動を行うだけでなく、抗議活動にまで加わるようになる。これはやりすぎだろうということで、仮免許を剥奪されてしまうに至る。

牧師である父を意識し続けていた彼にとって、牧師への道を断たれたことへの落胆は大きかった。父の絵を残すことは積極的にはしていなかったが、父の死後、聖書などの父を暗示させる絵画が増えるなど、父を意識し続けたことは所々に表れている。そこには親に認められたいけれど認められない、どこまでも追いかけてくる葛藤が影を落としている。

親からの承認欲求は、誰もがぶつかる壁である。親世代との価値観の違いというのは、風呂場のカビのように発生からは逃れられず、子供の自己実現と、親の願う像がずれてくる。それは暗闇に佇む幽霊のように、不意に出現し、子供を捕らえて離さない。その呪縛から逃れることができるのは、おそらく親が死んだ時くらいだろう。

ゴッホの人生は、悲劇としてとらえられがちである。画商や牧師と職を転々とし、いとこや娼婦にうつつを抜かしつつ、女性関係も上手くいかず、精神病院に送られた挙げ句に精神異常者として一生を自らのピストルで終えた人生は、人々が好んで好みそうな悲しい出来事のフルコースである。ただ、誰の人生も、そんなものなのではないか。彼の人生を引き伸ばしたようなものが、我々のような一般人の人生な気がする。大抵の人間が薄めて飲むような酒を、ゴッホは原液で一気に飲み干し、そして亡くなった。ただ、それだけの話である。

働き、自分に合わないと職を変え、やりたいことがやっと見つかるも、世の中に認められることがなく死んでいく。これは、誰もが送る人生の縮図である。そして漏れなく、親という亡霊がつきまとう。親の死によって解放されたかと思うと、いきなり荒野に立たされ、そこには強風が吹き荒れている。強風の中を、自分の価値観と言う頼りない杖をつきながら、少しずつ前に進んでいく。人生というのは、そんなものなのではないだろうか。親という亡霊によって導かれていた時には安全であった道のりも、もう一人で歩かざるを得ない。鬼が出るか蛇が出るか、行き着く先に崖があるのか穴があるのか、自分で確かめるしかない。

ゴッホは子連れの娼婦と関係を持ち、束の間の家族ごっこを楽しんだ。弟や当時生きていた父親から非難されるのだが、原液を飲み続ける人生を生きる彼にとって、家族という経験はこれで十分だったのではないだろうか。原液を希釈した人生を生きている者にとっては、10ヶ月の妊娠期間の子供が生まれるだろうかと言う心配や、生まれてからの産後の母親のヒステリーや、自分の時間がうまく作れない葛藤を感じることがある。ゴッホは他の人間よりも恐ろしく短い時間で家族たるものは何かを感じ取り、絵も残している。

巷でよく名前の挙がる成功者ですら、親の話を出すものは少ない。後付による美談ばかりである。おそらく親というのは、子供の中で亡くなるまで消化しきれないのだろう。育児書は世間一般では「親に認められることだけを目的とした、従順な子供を育ててはいけない」というフレーズが溢れる。親の価値観が、脱皮し損ねた蛇のように、子供にずるずるとつきまとっている風潮を揶揄している。生きながらにして親という逆風に抗い続け、そこで必死に親からの承認欲求を求め続けた、ある意味では子供の心を持ち続けたゴッホ。その幼い心は今、最も高額な絵画として取引されているこの世の中を持って満たされているのだろうか。ここから先は死生観の話になってくるので、筆を置くことにする。