空き地の猫
実家に帰ってきて5日が経つ。とにかく、やることがない。どれくらい暇かと言うと、横の空き地の猫が来て、ゴロゴロと地面に転がっていたことが1日の大事件になる程度だ。
パリや東京を始めとして、なぜ名作は都会でばかり生まれるのだろうと思ったが、そこには感情の揺らぎがあり、悪意があり、心かき乱されるからなのだろう。田舎では、平坦な毎日が続いていく。心の安定は得ることができるが、その分、自分を突き動かして何かを表現させる魔物が潜んでいない。興味はお隣さんに孫が生まれたとか、お向かいさんの娘が結婚したとか、どうしてもそういったことに限定されていく。
だからこそ、若者は都市に出てるのだろう。そして都会で疲れ果て、田舎に戻るが物足りなくなり、また都会に出て行く。参勤交代というのはよく出来た制度だ。現在も復刻すればいいのにと切に願う。
昨日、息子と東山公園の山道を散歩していた時のことだ。山道からふと道路に出た時、息子がポツリと「元の世界に戻ってきたね」と言った。
彼にとって、山は異世界だ。子どもは山を歩けば、まるで迷宮を探索するかのような楽しみを得ることができる。大人はと言うと、それでは刺激が足りない。山に何かあるか、どんな生き物がいるのか、知ってしまっている。そこにもう刺激はない。だから人はゲームをして、スマホをいじって、動画を観る。際限なく刺激を求める。
4日後には、私にとっての元の世界である東京に戻らなくてはいけない。東京での暮らしは、本当に疲れる。時折、故郷で暮らせたらどんなに楽かと思うことがある。ただ、それだけはやってはいけない気がしてしまう。此処だけは、帰ってきてはいけない街なのだ。
また東京で神経をすり減らして疲れ果てた時は、実家に戻って、隣の空き地の猫でも眺めれば良い。こんなことを繰り返ししつつ、人生をやり過ごして行こうと思う。